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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)2010号 判決 1997年7月30日

原告

片岡あさゑ

ほか二名

被告

金子和芳

ほか一名

主文

一  被告らは、原告片岡あさゑに対し、連帯して金一一四〇万〇一七五円及びうち金九九九万三四〇五円に対する平成六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告榎並美鈴及び原告大人妙子に対し、連帯してそれぞれ金八四六万九二五一円及びうち金七七六万五八六六円に対する平成六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告片岡あさゑに対し、連帯して金一八〇一万五八〇〇円及びうち金一六六〇万九〇二九円に対する平成六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告榎並美鈴及び原告大人妙子に対し、連帯してそれぞれ金一〇三六万五一二六円及びうち金九六六万一七四一円に対する平成六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外亡片岡八郎(以下「亡八郎」という。)の相続人である原告らが、被告らに対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である(原告らは、被告金子英子に対しては民法七〇九条にも基づいて損害賠償を求めるが、後に述べるように、同被告が自動車損害賠償保障法三条所定の責任を負うことは当事者間に争いがない。)。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生(当事者間に争いがない。)

(一) 発生日時

平成六年七月一日午後二時五分ころ

(二) 発生場所

神戸市西区伊川谷町潤和五三〇番地の三先路上

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告金子英子は、軽四輪乗用自動車(神戸五〇と八九三七。以下「被告車両」という。)を運転し、右発生場所を、西から東へ直進しようとしていた。

そして、折から道路左側を被告車両と同一方向に走行していた亡八郎の乗る自転車に、被告車両が衝突した。

2  責任原因(当事者間に争いがない。)

被告金子和芳は被告車両の保有者であり、被告金子英子は被告車両の運転者であり、いずれも被告車両の運行供用者であって、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により亡八郎に生じた損害を賠償する責任がある。

3  亡八郎の死亡(当事者間に争いがない。)

亡八郎は、本件事故による脳挫傷のため、平成六年七月六日、死亡した。

4  相続

亡八郎の相続人は、妻である原告片岡あさゑと、子である訴外畑田美智子(亡八郎と先妻の江尻靜子との間の子。)、原告榎並美鈴、原告大人妙子(いずれも亡八郎と原告片岡あさゑとの間の子。)である(甲第七号証の一ないし八により認められる。)。

そして、右相続人らは、平成六年一二月五日、本件事故による被告らに対する損害賠償請求権につき、原告片岡あさゑが二分の一を、原告榎並美鈴と原告大人妙子とが各四分の一を、それぞれ相続する旨の遺産分割協議をした(甲第八号証により認められる。)。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度

2  亡八郎及び原告らに生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告ら

本件事故当時、被告金子英子は被告車両を運転し、片側一車線、両側合計二車線の道路を時速約四〇キロメートルで東進していた。

そして、同被告は、自車の約二〇メートル前方に亡八郎が運転する自転車を発見したため、自車をセンターライン近くに寄せてこれを追い越そうとしたが、被告車両が右自転車の手前二ないし三メートルまで近づいた時、亡八郎の自転車が道路を横断するように急に進路を変えたため、本件事故が発生するに至った。

したがって、亡八郎には重大な過失があり、少なくとも八割の過失相殺がされるべきである。

2  原告ら

被告らの主張する事故態様は否認する。

仮に、被告らの主張するような亡八郎の動きがあったとしても、被告金子英子が事前にクラクションを鳴らすなどして亡八郎に注意を与え、あるいは、亡八郎の自転車を追い越す際に側方に充分な距離をあけていれば、本件事故の発生を避けることができた。

したがって、本件事故は被告金子英子の全面的な過失によるものであって、過失相殺がされるべきではない。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

六  本件の口頭弁論の終結の日は、平成九年六月二五日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  検甲第一ないし第六号証、乙第一号証、検乙第一ないし第四号証、被告金子英子の本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、片側各一車線、両側合計二車線の道路であり、その幅員は、亡八郎の自転車及び被告車両が走行していた東行き車線が約三・五メートル、西行き車線が約三・二メートルである。また、東行き車線の北側には、幅約一・五メートルの車道とは段差のある歩道がある。なお、東行き車線はアスファルト舗装がされているが、歩道との境目の部分には、相当程度の幅でコンクリート舗装がされている部分がある。

そして、右発生場所の制限速度は四〇キロメートル毎時である。

(二) 亡八郎は、自転車に乗り、右東行き車線の北端(進行方向の左端)を東へ直進していた。

他方、被告金子英子は、被告車両を運転し、時速約四〇キロメートルで東行き車線を東へ直進していた。そして、前方約二九・〇メートルの地点に亡八郎の自転車を認め、そのままの速度で自車を東行き車線の右側いっぱいまで寄せて、右自転車の右側を通り過ぎようとした。

(三) ところが、被告車両が亡八郎の自転車の後方約五メートルにさしかかったあたりで、亡八郎の自転車がやや右側に来て被告車両の進路を妨げる形となり、被告金子英子は直ちに右転把及び急制動の措置を講じるも及ばず、被告車両が亡八郎の自転車に衝突した。

(四) 右衝突後、亡八郎の自転車は、東行き車線上に擦過痕を残しながら左前方に滑走し、歩道との段差に衝突した後、被告車両との衝突地点から約一二メートル東の地点で、亡八郎とともに転倒した。

また、被告車両は、衝突地点から約二四メートル東の西行き車線上で停止した。

2  右認定を超えて、被告金子英子の本人尋問の結果の中には、右衝突の直前に、亡八郎の自転車が、被告車両の前を横切るように斜めに出てきたという部分がある。

しかし、過失相殺の根拠となる被害者側の過失を基礎づける事実の存在については、加害者に立証責任があるところ、右本人尋問を客観的に裏付ける証拠はなく、右本人尋問の結果のみから直ちに、亡八郎の自転車が、被告車両の前を横切るように斜めに出てきたという事実を認めることはできない。

3  歩道又は路側帯と車道の区別のある道路においては、自転車は、一般に、車道の左側端に寄って、当該道路を通行しなければならず(道路交通法一七条一項、一八条一項)、著しく歩行者の通行を妨げることとなる場合を除き路側帯を通行することができ(同法一七条の二第一項)、道路標識により自転車が歩道を通行することができることとされている場合には、当該歩道を通行することができる(同法六三条の四第一項)。

そして、本件全証拠によっても、道路標識により自転車が本件事故の発生場所の歩道を通行することができるとされていたことを認めることはできないから、車道の左側端に寄って通行していた亡八郎の自転車の走行方法には、過失はない。

また、右発生場所の東行き車線の幅員は、前記のとおり、約三・五メートルであり、そのうち、歩道との境目の部分には、相当程度の幅でコンクリート舗装がされている部分があるところ、乙第三号証によると、被告車両の幅は一三九センチメートルであることが認められる。

そして、車道の左側端を走行する自転車を追い越そうとする車両の運転手は、危険を防止するため、警音器等を利用して自車が当該自転車を追い越そうとしていることを当該自転車の運転者に知らしめるとともに、絶えず当該自転車の動向を注意して徐行し(ここで、「徐行」とは、道路交通法二条一項二〇号により、「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行すること」をいう。)、当該自転車との側方の車間距離を十分に保持した上で、当該自転車を追い越すべき注意義務があることは明らかである。

ところが、被告金子英子は、右注意義務を何ら果たさず、前認定のとおり、自車を東行き車線の右側いっぱいまで寄せたのみで亡八郎の自転車を追い越そうとしたのであって、同被告の本人尋問の結果によっても、反対車線に自車の一部を出すことに何らの支障もなかったことが認められることに照らすと、同被告の追い越しの方法は、速度の点においても、側方の車間距離の保持の点においても、きわめて重大な過失があったといわざるをえない。

他方、亡八郎については、前判示のとおり、その自転車が被告車両の前を横切るように斜めに出てきたという事実を認めることはできず、たかだか、衝突の直前、その自転車がやや右側に来たという限度の事実が認められるにすぎないところ、東行き車線の歩道との境目の部分には相当程度の幅でコンクリート舗装がされていること、被告金子英子は、被告車両と亡八郎の自転車との間に十分な側方の車間距離を保持しなかったこと、亡八郎が衝突までに被告車両を認識していたことをうかがわせる証拠がないこと、及び、自転車の走行には、多少なりとも「ゆれ」が避けられないことに照らすと、被告金子英子の過失との対比において、衝突の直前、亡八郎の自転車がやや右側に来たという限度の事実のみでは、亡八郎には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しないとするのが相当である。

二  争点2(亡八郎及び原告らに生じた損害額)

争点2に関し、原告らは、別表1の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、亡八郎及び原告らの損害として認める。

1  亡八郎の損害

(一) 治療費

被告らは、亡八郎の治療費として金一二七万一一一三円を要し、これを被告らが負担した旨主張する。

しかし、争点1に対する判断で判示したとおり、本件では過失相殺をするのが相当ではないから、これは損害としても損害の填補としても計上しない。

(二) 入院付添費

甲第四号証、第一八号証、原告片岡あさゑの本人尋問の結果によると、亡八郎は、本件事故が発生した平成六年七月一日から死亡した同月六日まで、医療法人明仁会明舞中央病院に入院していたこと、右期間中、亡八郎は意識不明の重体であり、手術等の措置のかいなく死亡したこと、右期間中、原告榎並美鈴の夫婦及び原告大人妙子の夫婦とが終始付き添っていたことが認められる。

したがって、入院付添費としては、近親者の付添が必要かつ相当なものであったとして、一日あたり金五〇〇〇円、六日間合計金三万円について、本件事故と相当因果関係があるとするのが相当である。

(三) 入院雑費

入院雑費は、一日あたり金一三〇〇円、六日間合計金七八〇〇円について、本件事故と相当因果関係があるとするのが相当である。

(四) 逸失利益

(1) 労働不能による逸失利益

甲第七号証の一によると、亡八郎の死亡時の年齢が満六五歳であることが認められ、本件事故時、亡八郎が無職であったことは当事者間に争いがない。

また、甲第五号証、第一三、第一四号証、第一八号証、原告片岡あさゑの本人尋問の結果によると、亡八郎は、かねてから訴外津山電装株式会社で就労することを望まれており、平成六年六月には自宅の新築を果たしたこともあって、同年七月下旬から同社で就労する予定であったことが認められる。

したがって、本件事故がなければ、亡八郎は、右訴外会社に就職し、給与収入を得ていたであろうことを優に認めることができるから、これによる逸失利益は本件事故と相当因果関係があるというべきである。

被告らは、右各証拠の信用性を争うが、いずれも十分に信用することができる。

そして、逸失利益を算定する基礎となるべき収入としては、甲第五号証により年収約四二〇万円が予定されていたことが認められることをも考慮して、賃金センサス平成六年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、六五歳~、に記載された金額(これが年間金三七六万七一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を基準に、後記のとおり、亡八郎が年金も受給していたことにも鑑み五年間にわたって右収入を喪失したものとして、生活費四〇パーセントをこれから控除し、本件事故時の現価を得るための中間利息の控除につき新ホフマン方式(五年間の新ホフマン係数は四・三六四三)によるのが相当である。

したがって、労働不能による逸失利益は、次の計算式により、金九八六万四四五二円となる(円未満切捨て。以下同様。)。

計算式 3,767,100×(1-0.4)×4.3643=9,864,452

(2) 年金受給不能による逸失利益

甲第六号証によると、亡八郎は老齢厚生年金(厚生年金保険法四二条以下)を受給しており、平成五年の老齢厚生年金の受給額が金三三七万五〇三〇円であったことが認められる。

そして、厚生年金保険法に基づいて支給される老齢厚生年金は、受給権者に対して保険給付を行うことによって、その者の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし老齢厚生年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である。

また、老齢厚生年金の逸失利益を算定するにあたっては、前記のとおり、亡八郎は本件事故により、満六五歳で死亡したから、平均余命を考慮して一六年間にわたって、前記年間金三三七万五〇三〇円の老齢厚生年金を喪失したとするのが相当であり、生活費四〇パーセントをこれから控除し、本件事故時の現価を得るための中間利息の控除につき新ホフマン方式(一六年間の新ホフマン係数は一一・五三六三)によるのが相当である。

したがって、老齢厚生年金の逸失利益は、次の計算式により、金二三三六万一二一五円となる。

計算式 3,375,030×(1-0.4)×11.5363=23,361,215

(3) 小計

(1)及び(2)の合計は、金三三二二万五六六七円である。

(五) 慰藉料

本件事故の態様、亡八郎の入院期間及び死亡の結果等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により亡八郎に生じた精神的損害を慰謝するには、金一七〇〇万円をもってするのが相当である。

(六) 小計

(一)ないし(五)の合計は、金五〇二六万三四六七円である。

2  原告片岡あさゑ

(一) 損害

(1) 亡八郎からの相続

争いのない事実等3及び4記載のとおり、亡八郎の死亡により、原告片岡あさゑは、亡八郎の本件事故による被告らへの損害賠償請求権の二分の一を相続した。

したがって、右相続分は1の合計の二分の一の金二五一三万一七三三円である。

(2) 葬儀費用等

甲第九号証の一ないし四、第一六号証、第一七号証の一及び二、第一八号証、原告片岡あさゑの本人尋問の結果によると、同原告が、葬儀費用等として主張の金額を支出したことが認められる。

そして、亡八郎の年齢、職業等を考慮すると、うち金一二〇万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害であるとするのが相当である。

(3) 慰藉料

本件事故の態様、亡八郎の入院期間及び死亡の結果等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告片岡あさゑに生じた精神的損害を慰謝するには、金四〇〇万円をもってするのが相当である。

(4) 小計

(1)ないし(3)の合計は金三〇三三万一七三三円である。

(二) 過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、亡八郎には、過失相殺されるべき過失は存在しない。

(三) 損害の填補

(1) 自動車損害賠償責任保険からの保険金

原告らが自動車損害賠償責任保険から保険金三〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、争いのない事実等4記載の遺産分割協議によると、原告片岡あさゑはうち金一五〇〇万円を受領し、右同額の損害の填補を受けたというべきである。

(2) 遺族厚生年金

亡八郎の損害に関して判示したとおり、老齢厚生年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、老齢厚生年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた老齢厚生年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができる。この場合において、右の相続人のうちに、老齢厚生年金の受給者の死亡を原因として、遺族厚生年金の受給権を取得した者があるときは、遺族厚生年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族厚生年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求めうる損害額からこれを控除すべきものである。

ところで、原告片岡あさゑが、亡八郎の死亡により、遺族厚生年金(厚生年金保険法五八条以下)を受給することになったことは当事者間に争いがない。そして、原告片岡あさゑは、老齢厚生年金の受給者である亡八郎の死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したのであるから(同法五八条一項一号)、支給を受けることが確定した遺族厚生年金の額の限度で、損害の填補があったものとして控除を免れない。

また、同法三六条によると、年金の支給は、年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、権利が消滅した月で終わるものとされ、毎年二月、四月、六月、八月、一〇月及び一二月の六期に、それぞれその前月分までを支払うものとされているから、原告片岡あさゑについて遺族厚生年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては、口頭弁論終結の日である平成九年六月二五日現在で同原告が同年六月分までの遺族厚生年金の支給を受けることが確定していたものである。

そして、甲第一一号証の一ないし一四、一七、弁論の全趣旨によると、原告片岡あさゑが支給を受けることが確定した遺族厚生年金の額は、別表2のとおり、金六二三万八三二八円である。

(3) 小括

(1)及び(2)の合計は金二一二三万八三二八円である。

したがって、損害の填補があったものとして、右金額を(一)(4)記載の金額から控除すると、金九〇九万三四〇五円となる。

(四) 遅延損害金分

原告片岡あさゑは、自動車損害賠償責任保険からの保険金一五〇〇万円について、本件事故の発生した日である平成六年七月一日からこれを受領した日である平成八年五月一五日まで、年五分の割合による遅延損害金を請求する(保険金の受領日は当事者間に争いがなく、その金額は前判示のとおりである。)。

これに対し、被告らは、自動車損害賠償責任保険からの保険金は、被害者請求手続さえされれば、直ちに、かつ、確実に支払われるものであるから、この手続を怠っていた原告らが、遅延損害金を請求するのは信義に反する旨主張する。

そこで、これを検討すると、不法行為による損害賠償債務は、当該不法行為の時に履行遅滞となると解されるところ、損害賠償債務についての一部の弁済の提供及び供託が有効となる場合があり(最高裁平成三年(オ)第一三一一号同六年七月一八日第二小法廷判決・民集四八巻五号一一六五頁)、逆に、民法四一九条等の金銭債務に関する履行遅滞の一般論にしたがって、有効な弁済の提供又は供託がない限り、債務者は履行遅滞の責めを免れないと解するのが相当である。なお、被害者請求手続を定める自動車損害賠償責任保険の手続は、被害者救済のために、被害者が、直接、保険者に対して保険金を支払うべきことを請求しうることを定めたものにすぎず、被害者がこの手続を履行しなかったことをもって、遅延損害金の請求が信義に反すると解することはできない。

したがって、原告片岡あさゑは、金一五〇〇万円に対する平成六年七月一日から平成八年五月一五日まで年五分の割合による遅延損害金を請求することができるところ、うるう年にあたる年に属する日が含まれる場合の遅延損害金の算定は、暦年ごとにするのが相当であり、右期間のうち、平成六年は一八四日間、平成八年は一三六日間であるから、右遅延損害金は、次の計算式により、金一四〇万六七七〇円となる。

計算式 15,000,000×0.05×(184÷365+1+136÷366)=1,406,770

また、これと損害の填補後の金員との合計は、金一〇五〇万〇一七五円である。

(五) 弁護士費用

原告片岡あさゑが本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金九〇万円とするのが相当である。

3  その余の原告

(一) 損害

(1) 亡八郎からの相続

争いのない事実等3及び4記載のとおり、亡八郎の死亡により、原告榎並美鈴及び原告大人妙子は、亡八郎の本件事故による被告らへの損害賠償請求権の各四分の一を相続した。

したがって、右相続分は1の合計の四分の一の各金一二五六万五八六六円である。

(2) 慰藉料

本件事故の態様、亡八郎の入院期間及び死亡の結果等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告榎並美鈴及び原告大人妙子に生じた精神的損害を移藉するには、各金二〇〇万円をもってするのが相当である。

(3) 小計

(1)及び(2)の合計は各金一四五六万五八六六円である。

(二) 損害の填補

原告らが自動車損害賠償責任保険から保険金三〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、争いのない事実等4記載の遺産分割協議によると、原告榎並美鈴及び原告大人妙子はうち各金七五〇万円を受領し、右同額の損害の填補を受けたというべきである。

したがって、損害の填補があったものとして、右金額を(一)(3)記載の金額から控除すると、金七〇六万五八六六円となる。

(三) 遅延損害金分

原告片岡あさゑについて判示したのと同様の理由により、遅延損害金の請求が認められ、その金額は、次の計算式により、各金七〇万三三八五円である。

計算式 7,500,000×0.05×(184÷365+1+136÷366)=703,385

また、これと損害の填補後の金員との合計は、金七七六万九二五一円である。

(四) 弁護士費用

原告榎並美鈴及び原告大人妙子が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を各金七〇万円とするのが相当である。

第四結論

よって、原告らの請求は、主文第一項及び第二項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表1

別表2(遺族厚生年金の額)

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